詩人・茨城のり子による「鍵」の詩の意味とは?

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茨城のり子って?

茨城のり子(本名:三浦のり子)さんは、1926年に大阪市で産声を上げ、2006年に東京の自宅で亡くなるまで数々の詩を生み出した日本の詩人です。

代表的な作品に「わたしが一番きれいだったとき」という詩があります。
思春期の15歳から19歳までの期間に「太平洋戦争」の混乱を経験したことから生まれた詩です。

わたしが一番きれいだったとき


わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした

わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達がたくさん死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった

わたしが一番きれいだったとき
だれもやさしい贈り物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差しだけを残し皆発っていった

わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った

わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり
卑屈な町をのし歩いた

わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった

わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった

だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように
                ね

全文は知らなくても、「わたしが一番きれいだったとき わたしはとてもふしあわせ」なんていうフレーズは聞いたことがある方もいるのではないでしょうか。
実はこの詩は、あの有名な「3年B組金八先生」でも使用されたことがあるのです。
戦時中の女性の心の機微を淡々と述べながらも、言葉に表しきれないような気持が伝わってきますね。

「鍵」ってどんな詩?

茨城のり子さんが生み出した数々の詩の中に「鍵」という詩があります。


一つの鍵が 手に入ると
たちまち扉はひらかれる
固く閉された内部の隅々まで
明暗くっきりと見渡せて

人の性格も
謎めいた行動も
物と物との関係も
複雑にからまりあった事件も
なぜ なにゆえ かく在ったか
どうなろうとしていたか
どうなろうとしているか
あっけないほど すとん と胸に落ちる

ちっぽけだが
それなくしてはひらかない黄金の鍵
人がそれを見つけ出し
きれいに解明してみせてくれたとき
ああ と呻く
私も行ったのだその鍵のありかの近くまで
もっと落ちついて ゆっくり佇んでいたら
探し出せたにちがいない
鍵にすれば
出会いを求めて
身をよじっていたのかも知れないのに

木の枝に無造作にぶらさがり
土の奥深くで燐光を発し
虫くいの文献 聞き流した語尾に内包され
海の底で腐蝕せず
渡り鳥の指標になってきらめき
束になって空中を ちゃりりんと飛んでいたり

生きいそぎ 死にいそぐひとびとの群れ
見る人が見たら
この世はまだ
あまたの鍵のひびきあい
ふかぶかとした息づきで
燦然と輝いてみえるだろう

「鍵」の意味は?

下記に私の解釈を述べますが、それはあくまで一個人の解釈の仕方ですので、参考程度にお聞きください。
「詩」に正解はなく、読んだ人それぞれが、何を感じ、何を思い、何を考えたかが大切です。

「鍵」とは何をさすのか?

この詩を読むと「鍵」というものがそのままの意味ではなく、何かの比喩のように感じます。
「真実」「希望」「絶望」「指針」など・・・。

その中でも私の頭によびったのが「きっかけ」でした。

きっかけ?

人は育ってきた環境で培ってきた固定観念や思い込みと、現在の状況(仕事、資産、恋愛、その他の対人関係や自身のコンプレックスなど)でできています。
それらは複雑に絡み合い、解くのは到底困難なものです。
そのような中で人はどのようにして変化していくのでしょうか。
人を変えるもの、それは「きっかけ」です。

それまで知らなかったものや分からなかったものが、あることが「きっかけ」で知り得ることもあります。
ニュースで見聞きするような事件を起こす犯人の気持ちも、普通に生きていたのでは分からないものもあれば、犯人と同じような境遇に置かれてはじめて分かるものもあります。

また他人の気持ちもそうです。
今までは好意を抱いてくれていると思っていた言動や行動が、実は裏に隠されたものがあり、思いがけずそれを知ってしまったとか・・・。
反対に、今まで自分に厳しくしていた人が、自分を思いやるが上での行動であったなんてこともあります。

それらに気づいたり知ったりするのは、すべて「きっかけ」があったからです。

恋人と付き合うことになったきっかけ、転職を決意したきっかけ、自分の人生を考え直すことになったきっかけ・・・。
私たちは「きっかけ」によって行動が決められているのです。

ですが「きっかけ」をコントロールすることはできません。
それらは私たちの知るところではない場所からやってくるからです。

本を読み漁っても、世界中を渡り歩いても、自分が求めるようなきっかけというのは、そうそう都合よく見つかるものではありません。
むしろ探せば探すほど見つからないものです。

茨木のり子さんは、街ゆく人々が、そんなきっかけを探している人、もしくはまだ出会っていない人に見えたのかもしれませんね。

まとめ

いかがでしたしょうか?
この「鍵」の詩を読むと、不思議な気持ちになりますね。

繰り返しになりますが、「詩」などの芸術には「正解」はありません。
作品に触れたときに「どう受け止めるか」という目に見えないものが大切です。

またそのときの自身が置かれている状況や環境、体調や気分によっても受け止め方が変わります。
そのときはぴんとこなかった詩でも、時間をおいて読み直すとまた違う側面に触れることができると思います。

茨木のり子さんは、ほかにも素敵な詩を残してくれていますので、気になった方は調べてみてください。

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